幼女連れ狼 第弐話 ~自然が与えてくれるもの~
一人の士と一人の幼女。
朱仁は国が亡び、家族を亡くして心を失くしていた士。
一方の和織は幼いながら、人種的迫害にて感情を失くしていた幼女。
そんな二人が出会い、何かを感じて共に旅をすることとなったお話。
その次なるお話は・・・!
旅支度を終えて、和織と旅の道具を載せた乳母車を押す朱仁。
のどかな風景を見ながら、いよいよ風景が変わろうとする中、ふと和織が来た道を振り返ります。
「如何いたした?」
足を止めて尋ねる朱仁。しかし、和織は暫し後ろの景色を眺めた後は、一度頷く様な仕草をしてから…、
「いえ、何でもないでしゅ!さぁ、行くでしゅよ。」
そう言って前を見つめたのでした。
その小さな肩が僅かに震える。
(そうか、故郷を離れる故に心にけじめをつけたにござるか…)
その幼いながらの決心に水を差すまいと、乳母車を押す。
「…では、参るでござるぞ。」
静かに、二人は和織の生まれ育った地を離れて行くのでした。
のどかな田畑のある風景から山道を進む。途中ですれ違う旅人達と会釈ですれ違いながら、ゆっくりと、しかしながら力強く進む。
国を出て以来、朱仁自身もまだこれほどに力強く歩けることを、我ながら驚いていた。
主君が討たれ、国が亡び、妻を亡くした。
己自身の命を断とうともした中、妻が遺した手紙にあった言葉。
『私の分まで生きてほしい』
その言葉に朱仁は自害を諦めた。
しかし心は死んでいた。故にその姿は屍が彷徨う様であった。
そのような中で和織を見た。
幼きながら、有り得ぬ苦渋を強いられても健気に努める姿。
そこに生きようとする意思があった。
その意思に魅せられたのだろう。故に今こうして和織といるのだと朱仁は思う。
「あれは何でしゅか?」
時折、和織が指差しながら尋ねてくる。
「うむ、あれは狐でござるな。」
「きつねしゃんでしゅか~。」
今まで見た事ないものばかりなので、和織は頻り(シキり)に尋ねてくる。そんな何気ないやり取りが朱仁には心地良かった。
やがて二人は山道を抜ける。木が生茂る林の中、突如現れる二人の男。
見るからに野盗と思われるその者達は、ニヤニヤしながら近寄ってくる。
警戒しながらも気にせぬフリで進む朱仁に対し、和織はじっと二人を見る。
やがて二人が自分たちを見る和織を見て声をかけて来た
「おいおい、何見てんだよ?」
「何か文句でもあるのか?」
凄む様な態度で言ってくる二人組に対し、和織はただただジィ~っと二人を見つめる。
「オイッ!何見てんだって言ってんだろ?お前も親なら何とか言えよ!」
何とも不快だと言わんばかりに和織から朱仁へ怒りを向ける怪しい男。
するとそれまでジィーッと見るだけだった和織がボソッと呟いた。
「おじしゃんたち、ずっと笑ってましゅね。」
「あぁ?何言ってんだお前。」
「おじしゃんたちは何かたのちぃでしゅか?」
純粋無垢な質問を投げかける和織。それを耳にして二人組は声を出して笑う。
「アハハハハハ!そりゃぁ楽しいぜ。何しろ俺たちにとって獲物が寄って来てくれたんだからよ。」
「獲物でしゅか?」
全く訳が分からない和織。それに対して朱仁は只静かに二人を見る。
(く、近すぎるでござるな。拙者だけならまだしも、和織に危害が及んでしまうでござるな)
そう思っても、相手に気取られぬよう静かに二人を見た。
「あぁ、そうさ。」
そう言うや否や剣を持った男がその刃を和織に突きだす。
「オラ!子供の命が惜しかったら金目のモン寄越しやがれ!」
片方の男も腰から大振りの鉈を取り出す。
即座に斬りかかることも出来たが、和織の目の前で無闇に斬り捨てるのを躊躇ったばかりに出遅れてしまったのだった。
「早く出さねぇか!この子の顔に傷でもつけたいのか?」
そう言って刃を和織の顔に近づける。それを見て朱仁は睨みを利かせた。
「お主等!その子に少しでも傷を負わせれば、解ってござろうな!」
その幾つもの戦場を渡って来た朱仁の気迫に男二人はたじろぐ。
「ダダダだったら…、は、はやく金目のモン寄越すんだよ!」
最早先程の余裕は消え失せたが、人質が目の前にいるという事で何とか逃げ出すという事は免れていた。
(もう一押しでござろうかな…ん?)
更に気迫で抑え込もうかと考えていた朱仁。その視線の隅で和織が動いていた。
全く動じた様子なく、突き付けられた刃をそっと掴む和織。
「もぅ、危ないでしゅねぇ。ダメでちょ!人のお顔に刃物を近づけちゃ!」
そう言って剣を持つ男の手をバチンッと大きな音を立てて叩くと、男の怯んだ隙に手にしていた剣の刃を引いて、そのまま取り上げてしまった。
その幼子にして何とも鮮やかな手つきに唖然とする3人の大人。だが、その好機を見逃す訳の無い朱仁はすぐさまもう一人の顔面に拳を叩き込むと、瞬く間に二人を無力化してしまったのでした。
「それにしても和織、お主見事な手際でござるな。どこかで習ったのでござるか?」
伸した二人をそれぞれの帯紐で縛り上げると、木に括り付けて先を進む二人。早速先程の白刃取りについて尋ねてみた。するとこちらににこやかな笑顔を向けて和織が応える。
「あたちは木を削ったりしてたでしゅから、刃物はあちゅかってたでしゅよ。だから、あれ位どーって事ないでしゅよ。」
厳しい生活の中で身に付けたらしい。と言っても、あれほど見事な護身術はなかなか会得できる事でなく、実践ときたらよほどの手練れとなる。
幼いながらにそのポテンシャルを持つ和織を脅威に感じた朱仁であった。
「まぁ、傷無く済んで良かったでござるが、危ない事は余りするでないでござるよ。」
「でも・・・」
自分のやったことに自信があったからだろう。反論しかけた和織に対し、朱仁は素直に気持ちを述べた。
「和織は可愛い子供にござる。これからまだ未来が待つ故、傷など負わされとう無いでござるよ。いざという時は致し方なかろうが、くれぐれも用心するでござるよ。」
心から心配した言葉。その言葉に和織は心が温かくなる。
「わかったでしゅ。危ない事はしない様にするでしゅ。」
他人に思って貰える安心感。その温もりにほんわかした心で和織は素直に言う事を聞くのだった。
それに対し、朱仁はそっと和織の頭を撫でた。
「うむ。良い子でござるな、和織は。」
くすぐったい嬉しさが募る和織でした。
林を抜けると開けた草原に出た。相変わらず和織の目は様々な情報を得ようときょろきょろしている。時間も昼時、ちょうど川があったので少し休憩することにした。
「おみじゅがいっぱいでしゅねぇ!」
「川と言うでござるよ。山の方から海へと流れるでござる。」
「うみ?」
「ん?海を知らぬでござるか?広き場所に水がいっぱいでござるよ。」
「!?」
知らぬことが多い和織。これまで育った地にも川はあったが、そんな知識を教えて貰えるわけも無く、そして見た事の無い海を見てみたいと思った。
「ふむ、然らば一度海へ行くのも良うござろうな。」
「あい。」
そんな話をしながら川で魚を獲り、火打石で火を起こす。そうした行動も和織に良い経験を積ませることになる。
「ありがたく頂戴致す、御免。」
魚に詫びて腹を裂き、ワタを取って串を打ち、買っておいた塩を撒いて火にかける。
「こうして他を殺めて、その命を頂き生き長らえる。その事に感謝をせねばいかんでござるよ。」
魚の焼き具合を確かめながら、己が学んできたことを伝える。それに対する和織はじっと朱仁のやることを見ながら、一緒に手を合わせたり、見よう見真似に手を動かせていた。
「さぁ、暫し焼けるまで川沿いで遊んでいるでござる。焼けたら呼ぶでござるから、遠くに行かず、危ない事はしてはならぬでござるぞ。」
「わかったでしゅ!」
そう言って川を覗きに行ったり、色々と周囲を散策しに行くものの、魚が焼けるのが気になってその都度、魚を見ている和織でした。
そんな和織の様子に微笑みながら、火の当たる場所を工夫して魚を焼く朱仁。
表面がこんがりと焼けて中まで熱が通ったのを確認すると…、
「和織ーっ、焼けたでござるぞ。川で手を洗って参れ。」
「あいっ!」
手を洗うと、大急ぎで戻ってくる和織。その視線はこんがり焼けた魚を捉えて離れない。
「然らばこれを。熱いでござるから気を付けるでござるぞ。」
手渡される串を受け取る。魚と一緒に火に当てられた串も熱かったが、しっかり魚が焼かれている証拠だ。お腹が空いていて、何とも良い匂いが食欲をそそっていた。
「では、食すと致そう。頂きます。」
同じように串を片手に、朱仁は魚に向かって一方の手を掲げて挨拶した。
それを見よう見まねに和織も手を掲げ、
「いただきましゅ。」
お互い魚の背に頬張りつく。パリッと言う皮の音の後、じわ~っと魚の脂が口に中に侵入し、ホクホクした身を齧り取る。適度にふられた塩が川魚の白身と相まって何とも言えぬ美味さが口の中いっぱいに広がる。
「うむ、うまい!」
「んんんん~~~~~~~~!!!」
咀嚼しながら目を輝かせる和織。言葉にならぬ喜びの叫びが、気持ちを表せていた。
すると朱仁は傍らに置いた袋から包みを持ちだす。
それを開くと中に白く丸いものが二つ入っていた。
「先ほど村で買った握り飯でござる。共に喰ってみるでござるよ。」
片方を受け取り口にする。少しの塩味と米の甘みがじんわりと口の中を満たし、先程の魚の味と相まって和織の顔が蕩けた。
「ふわぁぁぁぁ~。おいちぃでしゅ~~~!」
そうなるともうやめられない、止まらない状態!もう一本魚をお替りして自然の贈り物を満喫したのでした。
「しっかり噛んで食すでござるぞ。」
あまり聞かないかもしれぬと思いつつ、喜びに溢れた和織の笑顔に、知らずと笑顔がこぼれる朱仁でした。
感謝の挨拶をしてから後片付けを済ませ、二人はまた旅路を進む。
「おいちかったでしゅね~。」
「うむ。大自然の贈り物でござったな。」
「贈り物でしゅか~。ありがとうでしゅ。」
そう言って川に礼を言う和織。それを見ながら朱仁は思った。
(良い笑顔をしてござる。ようやく、年相応の笑顔が見れたでござるな)
かつて妻が言っていた言葉。
『生きてるのだから、お腹が空くのは当然。だから美味しいものをお腹いっぱい食べると幸せを感じられるのよ。』
その言葉の通り、初めて和織の笑顔を見ることが出来た。
そっと亡き妻へ感謝を述べる。
しかし、もういない妻を思うとふと、心が痛む…。
(お主の思い、この和織と共に果たすことを誓おうぞ…)
そんな朱仁の目の前で楽しそうに景色を眺める和織。
その無邪気な笑顔を更に見たくて、朱仁は次の場所へと向かう。
「さぁ、次は海を見に行くでござるぞ!」
「海でしゅか!おみじゅがいっぱいなとこでしゅね!」
「そうでござる。ここから近いとすれば…竹林村でござるな。」
こうして二人の次なる目的地は海の見える村になったのでした。
そしてそこで待ち受けるのは…
そのお話はまた次の機会に。
つづく
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今回もいい話を・・・そしてここまでくるとどうしても結末が気になる・・・職業病ですかね・・w
妻と和織ちゃんが交差するんですよね~・・なんだろう・・何か関係が・・・?
続きがすごい気になる・・というかこのたびの結末はどこに向かってるのか気になる!
この流れのバッドエンド考えられますが・・・
いくらでも泣きますからどうかハッピーエンドでおねがいします・・・(´;ω;`) -
>リリちゃん(もう普段の呼び方でw)
ありがとね^x^話作ってると、どうしてもそうなるのはわかるよ。
残念ながら…、妻とは別で和織と関係しない予定ですw
そして、結末ですが全く考えてませんw
多分心配されてるバッドエンドも想定できるし、そうならないエンディングもいっぱい考えられますが、
基本的に卯美々のお話は「なるようになれ」って感じに進めちゃいます。(過去のいくつものお話も同じw)
卯美々が決めちゃった方向じゃなく、二人の物語は二人が紡ぎだしますから。
何より、よく聞かれる方に言ってますが、卯美々は思い付きでお話作る困ったちゃんですwww
そんな感じで温かくお付き合いしていただければと思ってます(*´ω`*)
さて、次回竹林村です!そう、準備をお願いしますねw -
『生きてるのだから、喉が乾くのは当然。だから美味しいビールをお腹いっぱい呑むと幸せを感じられるのよ。』
奥様の名言だね👍 -
>虎徹さん
かなりアレンジしてるけど、虎徹さんにとったらそう見えたんだねw
ちなみに正解はビール限定じゃなく美味しいお酒が正解です!(白目 -
※たくさんの閲覧、「いいね!」&コメントありがとうございましゅU^ω^U
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ガキの頃、林間ナンチャラかなんかで川魚捕獲⇒串刺しで焼いて食べる。をやった記憶があるんやけど、当時は魚が苦手やったのにも関わらずめっちゃ美味かったのは覚えてましたわ(^ω、^)
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やっぱり、あっくんは和服(風味)が一番似合うぅ
居合いの構えがチョーサマになってます❤
…って、それを超える神速和織ちゃんw('◇'*)゚⌒
き、木を削って身につくもんじゃ…⌒゚(*_ _)おそろしや -
>タータさん
魚を串で刺すときに嫌な気しながらも、新鮮な気持ちで味わった思い出があります。
皆と一緒だったから、さらにおいしく思えたのかもですね^x^ -
>アクアリータさん
侍なればこそ!って感じでそれらしく見える服を選んでます。
一応、和織のポテンシャルはかなり高いという設定にしてますw
今回は手際よく扱っただけで、それがあまりに見事だったから、盗賊二人とあっくんが驚いて見入っていたという感じです。
さて、次回は遂にゲスト回になりますw
それと、数話先で妻を出そうかと考えてます!(Q.さぁ、妻とは誰が役になってるでしょうか!?) -
魚が・・・魚がぁーーーー!!!
・・・お、思わず取り乱してしまいました(汗汗)
なかなか時間が取れなくて、遅ればせながら拝見しました☆
わおちゃん・・・今後、剣を扱うようになるのかなぁ。
続きが楽しみですー☆ -
わおちゃんつおい( ̄ロ ̄lll)
しかし、毎回いい話ですねぇξ*´ω`*)ξ -
文章表現がさすがで、これで小説を書けるのではないかとすら思います。
地の文がしっかりしていますね。
加えて、影までふくめて手押し車やアユの合成が自然なのに驚きます。
朱仁さんの押すポーズはどうやったのだろう・・・
どのような物語りを紡ぐのか、続きが楽しみです。 -
>あじさん
じょんじーが暴れちゃったかぁw
見てくれてありがとね。
和織に戦闘は今のところ予定ないかな~! -
>しぐれさん
\(*´ω`*U/
ありがとでしゅよ♪ -
>ロンディワルさん
小説にしたら、細かすぎてめんどくなっちゃうかもw
でも、出来ないことはないですね~。
加工は今までの練習の結果かな?
ポーズは歩いてるのを2枚とって腕に関してはカットペースト。
片方のを使いながらそれっぽく仕上げました。
次回、竹林村の幽霊少女も出したいと思ってま∼す! -
危機迫るシーンがあったり、ほっこりする場面もあったり、毎回良いストーリーだねw
最初から最後までお話に釘付けでした^^
劇中にあったこんがり焼けたお魚、食べたくなったよ(笑