これはとある世界でのたまにあるお話。
孤高なる精神の持ち主で、『狼』と呼ばれし男がいた。
その者の名は『朱仁』。
とある国の武将で近隣より一目置かれた存在であった。
まだ若くも剛直で己に厳しく強き武士。
されど、狼とは仲間や家族を愛する生き物。
彼もまた人であるために『人情』に厚く、『温もり』を求めた。そして『恋』を隔て、『愛』を育んだ。
その伴侶は儚き美しさを持っていた。
やがて狼の住む国は大きな戦を迎え、朱仁は戦った。
その狼と言う二つ名に恥じぬ程に彼は強く、戦場で駆けた。愛刀を持って幾多もの敵を斬り倒した。
そして戦は終わりを告げる。彼の国が敗北宣言することで・・・。
只一人奮闘する朱仁の後ろで、着々と進められていた奸計。
その計略によって主君は倒れ、祖国を失った。
せめて愛する者を助けねばと急いだ先、辱めを受けぬと自害した姿で妻がいた。
その近くに奸計にて主君を裏切ったその実の愚息。
朱仁はその場で裏切り者を斬り捨てると、愛する者の骸を抱いて国を出た。
それから数年の月日が流れる。
生きる屍となった朱仁は、目的も無く彷徨っていた。
全てを失い、己の命も捨てようと考えはしたが、妻の遺した遺言により、思い止まるも心は死していた。
そんなある日の事。
とある集落に立ち寄った朱仁。
そこで彼は一人の幼子を見つける。
まだ幼いながらに汗びっしょりで草ぬきを勤しむ幼女。
周囲にいる幼き子らは遊んでいるのに、それより歳の幼き少女は無心で草を抜く。
時折、幼女に泥がぶつけられるが、幼女は何も反応せず草を抜く。
流石に見ていられず止める朱仁。
暫くその様子を眺めていると、昼時となり幼女は仕事を終える。
近くの家へ向かい女中に何かを伝えると、女中は饅頭を取り出して地面に落とす。
そして女中がいなくなったところで幼女はそのまんじゅうを取って口にした。
余りの出来事に朱仁は幼女を止めようとしたが、幼女は言う。
「あたちはこうしてご飯を食べさせてくれてるのでしゅ。」
幼女は犬の耳と尻尾を持っていた。この地区ではそうした種族の者に偏見を持っているため、ずっと幼女はそのようにして生きていたらしい。
何かを言うべきかとは思ったが、己自身が屍となったことでそれ以上関わらぬようにした。
明くる日。朱仁は幼女の様子を見に行った。
すると幼女は綺麗な服を着て連れられて行くではないか。
どこかに貰われるのかと思い、せっかく食べさせようと思った饅頭を近くの子どもたちに渡す。
そして知らされる真実。
最近、この近くに『ぶーぶー族』という野党の一団が現れたらしい。近隣の集落はぶーぶー族の襲撃によって田畑が痛められ、家畜の豚たちが連れ出されてしまっていると言う。
それを逃れるため、この集落では幼女を生贄として差し出すことにしたのだった。
朱仁は思い出す。
その胸に込み上げる熱さを。
それは幼女に対する集落のへの怒りの炎。
その一方で心に染み入るのは幼女の優しさ。
「わたちがこうちて生きられるのは、ご飯を食べしゃしぇてくれるからでしゅ。これを感謝しないとでしゅ。」
『違う。こんなものは生きているのではござらぬっ!』
決心した朱仁は駆けだした。
たくさんのぶーぶー族を前に幼女は怯える。
様々な賤しい目が幼女に注がれ、餌となるのは分かっていた。
幼女は怯えながらも思う。
「さっき、おいちぃおまんじゅうを食べしゃしぇて貰いまちた。今までで一番おいちかったでしゅ。だから、そのご恩を返さないとでしゅ…」
生まれて物心ついてからずっと草ぬきや物運びをしてまんじゅうを食べさせて貰ってきた。
そうしないと生きていけないと思っていたからだ。
そして今日、綺麗な服を着せて貰い、今まで食べた事の無い美味しいまんじゅうを食べさせてもらった。
その恩返しに、連れていかれた所で言われるままに仕事する様に言われた。
でも、この目の前にいる人達からはご飯を見るような視線しか受けない。
正直怖い。
でも、そうしないとおまんじゅうを食べさせてもらった恩返しが出来ない。だから…。
そんな中で昨日初めて会った人を思い出す。
「あの人はなんで、あたちに食べるのを止めさせようとしたでしゅかね?でも、何か温かいものを感じたでしゅよ…。」
不思議に思うが、もうそれもどうでもいい。最早幼女には考えても意味がないからだ。
そして、ぶーぶー族の一匹の手が幼女を襲おうとした。
その時!
「待たれよ!」
男の声がした。
ぶーぶー族の凶手は止められ、幼女は声の方を見る。
そこに先ほど浮かんだ男がいた。
男はぶーぶー族と幼女の間に割って入っていた。
「お主等がぶーぶー族なる者たちでござるか?」
「ぶーぶー。」
不満げなぶーぶー族。
しかし朱仁は続けて尋ねる。
「その方ら、何故狼藉を働くのでござろうか?」
「ぶーぶー!」
「そなたらの行為で、困っている者がおるぞ。やめようとは思わぬでござるか?」
「ぶーぶー!」
「今一度申す、狼藉を止めるでござる!」
「ぶーぶー!」
その様子を見ていて、幼女は思った。
「お話になりまちぇんね」
そして朱仁は怒髪天を貫いた。
「…最早言葉は不要。所詮は獣と言う事でござるな!」
途端に朱仁から圧倒的な気当たりが放たれる。
かつて狼と呼ばれし侍は、容赦なくぶーぶー族を倒していく!
ほんの僅かな時間の間に、辺りのぶーぶー族は倒れていたのでした。
訳のわからない状態で驚く幼女。そんな彼女に朱仁が言う。
「少し待っているでござる。大元と話を付けて参る。」
そう言って朱仁は駆け出し、幼女はひとりその場で残されたのだった。
一刻ほどして朱仁が戻ってきた。
幼女はずっと座ったままその場にいた。
戻って来た朱仁はしゃがんで幼女と視線を合わせる。
「これでもう、あの集落の者がこの者たちに襲われる心配はないでござる。」
「え?」
「お主はこいつらの相手をする必要は無いでござるよ。」
「え?そ、それは困るでしゅ!あたちはご恩を返してないでしゅよ!」
「ご恩?否、お主は十分な恩を返してござるよ。」
「あたち、おいちぃおまんじゅうを食べさせてもらったでしゅ!。だから、この人達の役に立たないといけないでしゅよ!」
「そんなものはいらぬ!こやつらもそうでござるが、あの集落の者たちに返す必要等ござらぬ!」
「でも、でも・・・、」
半泣きな幼女。それを見て、朱仁は言葉に詰まる。ここまでずっとそうしてきただけに、この幼女は普通の事を知らないのだろう。
本来、この年齢の子は自由に遊ぶべきなのだ。それを自分の勝手都合でまともな生き方すらさせて貰えていない。これに何に恩があると言うのか!
「良いか?お主は余りにも知らな過ぎたのでござる。知らぬがために拙者の知る幼子のような生き方が出来てござらぬ。お主はもっと自由を知るべきなのでござる。」
「じゆう?」
「そうでござる。」
そんな話をしている中、様子を見に来た女中たちが現れた。
倒れたぶーぶー族たちを見て喜んでいる。
「旅の方、あなたが倒してくれたのですか?」
「…、話は付けてござる。もう心配はござらぬよ。」
「まぁ!ありがとうございます。何とお礼を申せばよいか…。あぁ、これならお前に服なんて着せなくても良かったかもしれないね。」
最後に小声で言った言葉。しかし、その声はきちんと二人の耳に入っていた。
その時初めて幼女の身が震えた。
「ほら、さっさと帰って着替えるんだよ。やることはいっぱいあるんだからね!」
その言葉に朱仁は吠えた!
「この戯けが!貴様何様のつもりでござるかっ!!」
怯える女中。そこに朱仁は続ける。
「この子に対する貴様らの所業、決して許される事ではござらぬ!命をかけて、お主等に尽くそうとしたこの子の心、お主には分からぬか!」
怯える女中。その後ろから男がやや引けた感じで言う。
「そ、そうは言うが、その子は集落で犬の耳と尻尾を持った忌子として産まれたんだ。ならば、集落の為に命を捧げるのが宿命だろう!」
「そうだそうだ!」
近くにいた集落の者たちも賛成の声をあげる。
「黙れぃ!」
一喝。その勢いに集落の者たちが言葉を失くす。
「聞いておれば、己の好き勝手で一人の子どもの自由を奪いおって!
ならば、この子は感情の無い子供とでもぬかすかっ!
こうして悲しみに泣く子供を見て、何とも思わぬのかっ!」
その言葉に集落の者たちは視線を幼女に向け、そして絶句した。
幼女が泣いていたのだ。今までどんな事があっても泣いたりした事の無かった幼女。その姿は本当に泣きじゃくる子供の姿だった。
「お主等の勝手がこの子の哀しみも、喜びも何もかもを塞ぎこませておった。そんな横暴、天が許そうとも拙者が許さぬ!それでも貴様らが我を通すと申すならば、拙者が容赦なく斬り捨てる!」
それを聞いて一目散に逃げ出す集落の者たち。
そしてそこに残ったのは一人の士と一人の幼女。
暫くは泣いていた幼女も、ようやく泣き止む。それを見計らって朱仁は懐からまんじゅうを取り出した。
「どれ、少し冷めたがこれでも食すでござる。」
涙目の幼女、じっとそのまんじゅうを見た後、朱仁の顔を見る。
「受け取られよ。これはお主の為に用意したのでござる。」
「…ありがとでしゅ。」
手から受け取ったまんじゅう。それを口にして幼女は呟く。
「あったかいでしゅ。」
まんじゅう自身は冷めていた。しかし、人の手から初めて受け取ったそのまんじゅうは幼女の心に温もりをもたらせたのであった。
「さて、拙者は流浪の旅を続けてござるが、そろそろ一人ではつまらなく感じてござった。もし良いのであれば、拙者と共に来ぬか?」
まんじゅうを食べながら、幼女は大きく目を見開く。
「一人旅に飽きたのも真でござるが、拙者の我儘を申すと、お主にこの世界を色々と見せてやりとうござる。ただ、危険な旅ゆえ、大変な思いをさせるやもしれぬが、良ければ一緒に参らぬか?」
「一緒に行っても良いんでしゅか?」
驚きの質問に、朱仁は大きく頷きを持って答えた。
「もちろんでござる。よろしくお願いする。」
その瞬間、幼女は生まれて初めて喜びを感じた。昨日初めて会ったばかりのちょっと怖い人。でも、すっごくあったかい人。
きっとこの人は色んなことを教えてくれると思い、今まで無かった様々な感情が幼女の心に沸き起こった。
「そう言えば、お主の名前を聞いてござらぬ。拙者の名は朱仁と申す。お主の名を教えて貰えぬかな?」
ようやくまんじゅうを食べ終えた幼女は生まれて初めて微笑んで答えた。
「和織でしゅ。」
こうして一人の士と一人の幼女の旅が始まるのでした。
おわり
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なんとなくTV東京で毎年1月2日にやってた12時間ドラマ(時代劇)を思い出したw まだあるのかしら?
で、ほんとに終わりなの???(続きはーーーー?? あるよね?あるよね?) -
話、そして世界観に引き込まれてしまいました^^
SSの撮り方も上手で、とても見やすかったよーw -
マジマジお話とは伺っていましたケド…た、大作Σ('◇'*)゚⌒
紙芝居や絵本よりお話が細かく、小説より入り易くって上手い作品ですねぇ♪('∇')゚⌒
以前はストーリー物を色々とチャレンジしてみたんですが
ドレもウケがイマイチで⌒(//,//)ゝまた何か作りたくなりました -
おおおおおおお!!すごいじゃないですか!いいストーリー!!アレですよね!?この後の旅の最中にリリちゃに会うとかいう!?www
今年もよろしくお願いします! -
>随分お返事などが遅くなって申し訳ないです>x<
たくさんの閲覧、「いいね!」&コメント、ありがとうございます^x^
>R1Aさん
時代劇好きなので、ちょっと子連れ狼の題名をもじってみましたw
いいねがあったらと思ってたら10以上あるので、せっかくなので2話まで作ってみます。
>MSXturboRさん
実はSSに関しては手抜きだったのでした!
以降、気を付けます。
>アクアリータさん
基本、紙芝居風にSS並べるのが卯美々風ですが、今回は文面に力入れてみました。
ストーリー物、ぜひ拝見させてくださいね^x^
>★ノノ★さん
リリちゃん出るなら続けまーすw(本気
よろしくお願いします^x^