小説
ソサ・ヤンサの物語:誤解 - 三人の物語
イ・チャソン
パク・ヒョンウク

緑林徒山砦を吹き抜けた風が、窓際にかかっていたダン・ロアナの服の襟をなびかせた。彼女の身体を覆っているものは肌着のみだった。彼女の目の前には緑林徒大頭領であるソサ・ヤンサが座っていた。だが、ソサ・ヤンサはそんな彼女の姿を直視できずにいた。しきりに視線をずらす煮え切らない態度のソサ・ヤンサにしびれを切らしたのか、ロアナは大胆に身体を密着させてきた。彼女の行動にどういう反応を取ればいいのか分からず、ソサ・ヤンサは両腕で彼女を押し返して平常心を装いながら尋ねた。

「ろ、ロアナ…突然どうした?」
「何言ってんのさ…好き合ってる男と女が二人きりでいたら、やることは一つしかないだろ?」
「や、やることって…な、何をやるんだ?」
「はあ?どうしたんだい、純情ぶっちゃって…」

ソサ・ヤンサの白々しい反応にむっとしたロアナは、逆に挑発するかのように指で彼の頬をすうっと撫でた。するとソサ・ヤンサは仰天して、勢い良く飛び退くと改めて彼女に向き合った。

「ロアナ…こ、こういうのはよくないぞ!」

ソサ・ヤンサは普通に話しかけたつもりだったが、緊張しすぎたためかまるで怒鳴りつけるかのような口調になってしまった。そんな反応を見たロアナは呆れ顔になり、腕組みをしてソサ・ヤンサを眺めた。

「ヤンサ…あんた、まさか初めてなのかい?」
「は、初めてだと?な、何がだ!」
「…冗談だろ?」
「ロアナ!」

耳まで赤くなったソサ・ヤンサが大声を出したとき、それ応えるようにバンッと部屋の扉が開いた。

「!」

乱暴に扉が開かれ、ソサ・ヨナが部屋に飛び込んできた。突然の乱入者の登場にロアナは大慌てで服を掴んで身を隠した。逃げ帰ってきたヨナは走るのに必死でそこまで気を使う余裕がなかったせいもあり、服を掴んで柱の陰に隠れたロアナの素早い動きをヨナが捉えることはなかった。
ソサ・ヤンサは驚いて尋ねた。

「ヨナ!どうした!」
「あっ、父さん!ごめん、ちょっと…」

それと同時に外から騒がしい声が聞こえてきた。

「チビめ!どこに逃げやがった!」


*


外で騒々しく叫び続けている男は、衝角団南海艦隊支部行動隊長 マド・パーラだった。普段から緑林徒と衝角団はいがみ合っているため、衝角団員が緑林徒に対して喧嘩腰の態度を取るのは珍しくなかったが、今日の彼はいつも以上に憤慨している様子だった。

「出てこい!モグラ野郎!今日という今日は許さねぇぞ!」

それを聞いたソサ・ヤンサは一瞬で状況を把握した。恐らく、ソサ・ヨナがヘマをやらかしてしまったのだろう。

「やれやれ…また何か盗んできたのか?」
「あ、あはは…」

目を泳がせたままヨナは冷や汗をたらりと流した。そんな二人のやり取りを知ってか知らずか、外からは相変わらず叫び声が聞こえてきた。

「出てこい!出てこないなら入らせてもらうぞ!」

駄々をこねる子供のような催促をされ、ソサ・ヤンサはやむを得ず外に出ることにした。

「父さん…」
「俺が行ってくる。ヨナはここにいろ、いいな?話は後で聞く」

父にそう言われたヨナは従うしかなく、地団駄を踏んでバタバタした。彼女の後ろで身体を隠していたダン・ロアナは、ヨナの後ろ姿をじっと見つめていた。

「父さん、だと?あの子供は…ソサ・ヤンサの娘?」


*


外に出たソサ・ヤンサはため息をついた。頭から湯気を立てて憤っていたマド・パーラは鼻息が目に見えるほど激しく肩を上下させていた。

「お前は確か衝角団だったな?ワカメみたいな前髪で、確か名前は…」
「ワ、ワカメだと!宿なしの山猿ごときが何を!」
「や、山猿だと!」

二人が攻撃態勢を取った。互いの挑発にまんまと乗せられてしまい、すっかり頭に血が上ってしまった二人は完全に当初の目的を忘れてしまっていた。ソサ・ヤンサが槍を突き出したのと同時にマド・パーラの拳が放たれた。

ガギィン!

槍と小手がぶつかり合った衝撃だけで風が破裂した。お互いの力に跳ね返され、二人は大きく後ずさった。一撃を交えただけでお互いが侮れない相手だと理解したのかしばらく睨み合いが続いたが、先に口を開いたのはマド・パーラのほうだった。

「殺し合いをやるつもりはない。盗んだものを出せ、そうすればおとなしくここから去ろう」
「なに?」
「たった今そっちに行ったガキが盗んでいったものだ!」
「何を盗まれたのだ?」
「そっ…それは…」

襲いかかってきたときの豪胆ぶりとは一転して、マド・パーラは突然口ごもった。その様子を見たソサ・ヤンサはかえって怪しさを感じた。

「どうやら後ろめたい事情があるようだな」
「き、貴様には関係のない話だ!盗んだものを返せ!」


***


数時間前。

わいわいと騒ぐ声が旅館の中を満たしていた。ちょうど年に一度の衝角団総支部定例会が開催されており、旅館は衝角団員で埋め尽くされていた。名の知れた者の顔もいくつかあり、最近行動隊長に就任したマド・パーラもその中の一人だった。彼は酒卓の一つを独り占めにし、ほろ酔い気分で酒をあおっていた。彼の側では二人の芸妓がおしゃべりを広げ、マド・パーラはそんな二人の話を聞き流しながら隣に座っている芸妓を横目で見た。

「海賊になったからには、やっぱりこういうところでも楽しまねぇとな」

マド・パーラがへらへら笑いながら彼女の尻に手を伸ばした、そのときだった。

「おい!場をわきまえろ!」

鋭い命令にマド・パーラがビックリして背筋を伸ばした。目の前には南海艦隊船団長 ギーン・シーラが彼を睨んで立っていた。何の脈絡もなく彼女に叱咤されたマド・パーラは大いに機嫌を損ね、そんな気持ちが顔に表れてしまったせいか、ギーン・シーラが再び口を開いた。

「どうした?何か言いたそうだな?」

ギーン・シーラの問いにマド・パーラは唇を尖らせて文句を言った。

「こんな日くらい、羽目をはずしてもいいじゃないですか…」
「今は戦いの真っ最中だ、なにがこんな日だ!敵はいつ襲ってくるかも分からないのだぞ!」
「…」

マド・パーラは何も言えなかった。

「まったく、どいつもこいつも…たるんでいるぞ…」

舌打ちをしながら去っていくギーン・シーラの後ろ姿を見て、マド・パーラは顔をひきつらせた。

一年に一度の衝角団の集いに水を差すなんて…
なんでアイツは俺ばかりを目の敵に…
支部長のギーン・ウロルの妹だからって…

マド・パーラは独り言とも不平ともつかない言葉をぶつぶつ吐き出した。マド・パーラの側にいた芸妓たちは彼をなだめようと努めたが、彼の機嫌は相変わらずだった。突然、マド・パーラが彼女たちに尋ねた。

「お前たち、女だろ?」
「どういう意味ですか?私たちが男に見えて?」
「ああいや、そういう意味じゃなくてだな…女のことをよく知っているのは、女だろうと思ってな」
「あら!マド・パーラ様ったら、何をお知りになりたいのですか?」

芸妓の一人が筋肉隆々なマド・パーラの胸を手の平で優しく撫で、色気たっぷりに尋ねた。

「女のこと…いろいろ教えてさしあげましょうか?」

しかし彼の返答は意外なものであった。

「女ってのはどういうときに一番困るんだ?」
「ええ?」
「あるだろう、なんつうか、手も足も出ないみたいな…それってどういうときなんだ?」
「そうねぇ…それは…」
「裸のまま追い出されたときですわ」

彼女がためらっていると、そばにいた別の芸妓がいちはやく答えた。すると他の芸妓たちもきゃっきゃっと笑って目配せをした。

「そういえば確かあなた…この前そんな目に遭ったわね?」
「ちょっと!マド・パーラ様の前で言わないで!」

芸妓たちがいっせいにきゃははと笑った。どうやら彼女たちにしか知らない事件があったようだが、マド・パーラはそれについて詮索することもなかった。そして、その返答を聞いた彼の顔には会心の笑みが浮かんでいた。

「なるほど…裸のまま追い出される、か…」


*


ザァァッ!

ギーン・シーラが浴槽に身体を沈めると、浴槽をいっぱい満たしていた水が溢れ落ちた。

「おい、ちゃんと見張っておけ!」
「ご心配なく、ギーン・シーラ様。しっかり見張っています」

外ではギーン・シーラの服を持った衝角団員が歩哨も兼ねて立っていた。彼女は外から聞こえてきた返事を聞くと、安心して首まで深々と湯に浸かった。

「あぁ…いい気分だ」

暖かい湯に体を包まれると全身に張り詰めていた緊張が緩んだ。気分が良くなった彼女はそのまま目を閉じた。歩哨に立っていた団員はいつのまにか音もなく倒れていたが、彼女がそれに気づくことはなかった。そして倒れた衝角団員の側にいたマド・パーラは、黒い影をゆらめかせながら彼女の服を持って静かに消えた。

ところで、旅館にこっそりと隠れて悪巧みをしていたのはマド・パーラだけではなかった。

「お嬢様!ヨナお嬢様!ここにはしょ、衝角団がうようよしておりますぞ!こんなところで見つかってしまったら一大事です!」
「しーっ!静かに!バレなければいいんだって、バレなければ」
「しかし…」
「こんなに大量の衝角団がこんなに近くに来るなんて、めったにないよ?まさに千載一遇ってやつだよ!」
「しかしお嬢様…」

ソサ・ヨナはぶつぶつ文句を言うギルマンを無視して、あちこちに置かれている高価そうに見える物を片っ端から品定めしていた。とはいえ、ただの衝角団の定例会である。参加者の持ち物には高価なものは含まれておらず、金になりそうなものは武器くらいしかなかった。

満足できなかった彼女が旅館の物色を続けていたそのとき、彼女の目には何かを大切そうに抱いて歩くマド・パーラの姿が映った。

「はっは~ん」

獲物を捉えたヨナの目がキラリと光った。


*


「泥棒だ!」

マド・パーラの大きな叫び音とともにガシャンと窓が割れて、ソサ・ヨナが旅館の外に飛び出した。それと同時にマド・パーラの頭の中に警鐘が鳴った。たった今盗まれたばかりの荷物の中にはギーン・シーラの服も含まれていた。

「見つかったら…俺が変態扱いされちまう!」

目を皿にしたマド・パーラはヨナを追い始めた。

「お、お、お嬢様!しょ、衝角団が追いかけてきています!」
「ええ?大変、逃げないと!」

彼女は死ぬ気で走り始めた。こうして彼らの追いかけっこが始まった。


*


一方、マド・パーラの叫びは浴槽に浸かっていたギーン・シーラの耳にも届いていた。

「泥棒だと?何かあったのか?」

泥棒という言葉に驚いた彼女は浴槽から飛び出した。彼女は水を滴らせたまま、外に立っている衝角団員を呼んだ。

「服を持ってこい!私が確かめに行く!」

しかし、何の返事もなかった。気を失って倒れた団員に返事ができるわけはなかったが、何も知らない彼女にとっては苛立ちが募るのみだった。

「おい!誰もいないのか?」

焦りはじめたギーン・シーラの呼びかけにも外からの返答はなかった。そうしているうちに水に濡れた体は冷え、次第に寒気を感じてきた彼女は仕方なく再び浴槽に浸かり、外に向かってゆっくりと呼びかけた。

「おーい…」


***


これが何時間か前に起きた出来事の顛末だった。結局ソサ・ヨナは逃げ切れられずに、緑林徒山砦に飛び込んだのだった。

その後に始まったマド・パーラとソサ・ヤンサの戦いは相変わらず緊張の糸が張り詰めたままだった。事態を大きくしたくなかったソサ・ヤンサと、勝てないことを悟ったマド・パーラは互いにむやみに飛び込むようなことはなく、ひたすら相手の隙を狙っていた。

その一方、おとなしく待っていろと言われたヨナは言いつけを守るはずもなく彼女なりに奮闘していた。

「これは…?父さん、待ってて!今助けるから!」

役に立つようなものがないか周辺を見回していたヨナの目に、ふと自分が持ち帰ってきた包みが目に入った。確かあの中には衝角団から掠めてきた武器がいくつか入っているはず…!ヨナはにぃっと笑うと、包みから飛び出している目立つ武器を手に取った。

それは誰かの対戦車用ガトリング砲であった。

それが衝角団で最も有名な者の武器だということを彼女は知るよしもなかった。むしろ、そんな形状の武器を見たことすらなかった。しかし大胆不敵で楽天的な性格の彼女は初めて見た武器を使うことに全く躊躇していなかった。
大きな武器を肩に担ぎ上げた彼女は堂々と扉を開けた。

バン!

だが、初めて手にした武器を彼女がまともに扱えるわけがなかった。ヨナの後ろに隠れていたロアナは、ヨナが構えた武器の砲身が彼女自身に向いているのを見て呆れ果てた。しかしヨナは自分が武器を逆に構えているという事実さえ分からないまま、意気揚揚として大きく大声を張り上げて引き金に手を掛けた。

「父さん!あとは任せて!」
「ちっ、バカが!」

弾丸が発射されると同時にロアナはヨナに向かって飛び出した。既に発射された弾丸を完全に避けるのは不可能だった。向かってくる弾丸を急所に当てないようにするのが精一杯だった。

ドゴォン!

途方もない轟音と共に濃厚な粉塵が巻き起こった。砦の一部は崩れてボロボロになり、爆発と共に飛んで行った数々の物が、数秒遅れてドサドサと降ってきた。その中にはヨナが旅館で掠めてきた武器も混ざっていた。砲弾が予想もしていなかった方向に飛び出したせいで、ヨナは後方に飛ばされていた。
文字どおりの修羅場だった。
そんな状況の中で最初に動いたのはマド・パーラだった。いち早く事態を把握したマド・パーラはワハハと笑い、自分のそばに落ちてきた剣を拾い上げた。

「モグラ野郎め!お前の命もここまでだ!」

マド・パーラの気を乗せた剣がヨナに向かって恐ろしい速度で飛んでいった。避けられないことを悟った彼女はギュッと目を瞑った。

「!」
「!」

それを見たロアナとソサ・ヤンサが自分の武器を投げた。ロアナの御剣とソサ・ヤンサの槍が同時にマド・パーラの剣に向かって飛んでいった。


*


「ううっ!」

運良く、ダン・ロアナの御剣がマド・パーラの剣を跳ね飛ばした。ソサ・ヨナに向かって飛んで行った剣は彼女の腕に切り傷を負わせただけだった。しかし御剣が跳ね飛ばしたのはマド・パーラの剣だけではなかった。同じく飛んできたソサ・ヤンサの槍もまた大きく軌道を変えられ、ロアナの目を傷つけた。

「ヨナ!ロアナ!」

腕から血を流している娘と、目から血を流している恋人…二人の間に立ったソサ・ヤンサは一瞬だけ立ち止まった。そして…彼の足は娘に向かった。

「ヨナ!大丈夫か!」

ロアナはしばらく動かなかった。傷ついた目を手で覆い、もう片方の目で…ソサ・ヤンサの後ろ姿を見つめたまま、じっとしていた。手で覆われた目からは涙のように血のしずくがぽたぽたと落ちた。そしてロアナは、その場を去った。

ヨナを抱き上げて傷を見ていたソサ・ヤンサは、ロアナが自分を見つめていることを感じた。そして彼女が去ったことも感じ取った。しかし彼は最後まで振り向くことはなかった。

「ヨナ、大丈夫か!」
「いたたた、死ぬかと思った…でも大丈夫だよ、父さん」

娘の返事にソサ・ヤンサは一安心した。彼のそばに、マド・パーラが傍若無人な態度のまま近付いてきた。

「人のものを盗むから、こん…」

マド・パーラの言葉はそこで切れた。彼の首に向けられたソサ・ヤンサの槍の切っ先は鈍く光り、目に見えるほどの殺気が吹き出ていた。
マド・パーラは無意識につばを飲み込んだ。その仕草に動いた喉仏が槍の先端をかすめ、つうっと血が流れた。

「分かった、分かった。盗まれたものだけは返してくれ」

彼は両手を上げて降伏の意図を示し、一歩退いた。相変らずソサ・ヤンサの槍は彼に向けられていたが、これ以上自身に危害を加えることはないと確信したマド・パーラは、盗まれた物を取りまとめて離れる支度をした。

「これも返してもらうぞ」

マド・パーラはヨナが落としたガトリング砲を拾い上げると、緑林徒山砦を離れた。そうして、山砦には2人だけが残された。
ソサ・ヤンサはそのときになって初めて、ゆっくりと槍を下ろした。

「父さん、ごめん…」
「気にするな。しかし、いったい何を盗んだんだ?こんな大騒ぎになるとはな」
「わかんない。見る前に取り返されちゃったから…でも父さん、いいの?」
「何の話だ?」
「さっき父さんの部屋にいた人…女の人でしょ?顔は見えなかったけど…そうでしょ?恋人なの?」
「な、何のことだ!」
「追いかけなくていいの?」

その問いにソサ・ヤンサは一瞬ためらった。しかし、すぐ娘の頭を撫でて答えた。

「…いいんだ。お前のほうが大事だからな」

その言葉に、ヨナがパッと微笑を浮かべた。ソサ・ヤンサもまた、そんな娘を見て微笑を浮かべた。しかし彼の瞳は無意識にロアナが去った場所を追っていた。そこには寂しい夕焼けに照らされて、赤く染まった塵が舞っているだけだった。

-終-

「くしゅんっ!」

体を震わせてギーン・シーラがくしゃみをした。浴槽の湯はもうすっかり冷めてしまっていた。
夜もすっかり更けて人の気配が消えた旅館に、彼女の声が寂しく響いた。

「おい…誰かいないのか?」

- 今度こそ、終-